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備忘録:「アメリカン・ファクトリー」の感想

 ※ネタバレあり

 

 Netflixドキュメンタリー映画アメリカン・ファクトリー」を観た。オバマ前大統領が設立した製作会社ハイヤー・グラウンド・プロダクションズの第1作であり、第92回アカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞を受賞した話題作だ。

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 物語はアメリカのオハイオ州デイトンで閉鎖したゼネラルモーターズの工場を中国の企業であるフーヤオが買収して、再開するところから始まる。最初は地元民も仕事を得られて、景気が良くなることを歓迎し、アメリカに渡ってきた中国人の社員も異国の文化と交流を楽しんでいたのだが、労働者の権利を守るためにアメリカ人が労働組合の設立しようと動き出すと徐々に互いに齟齬が生じてくるという話だ。

 互いの主張は終始一貫しており、中国人は企業全体の利益のため、アメリカ人はあくまで生活の日銭のため、と完全に意見が食い違っている。この映画で描かれる個人が企業のために身を粉にしてプライベートや寝食も犠牲にする中国人の働き方は日本人とすごく近い気がした。作中何度も上層部やフーヤオの会長が「家族」とか「われわれは一つ」という言葉を口にするが、昨年日本でも吉本興業の社長がその言葉を会見で口にしていたのを思い出した。企業の上に立つものにとっては使いやすい言葉なのだろうが、連発されると恐怖を感じる。新スタートレックに出てくるボーグを思い出す。彼らは集合体で自分達に「同化」しない者に対しては死ぬしかないと考えている種族なのだが、この「アメリカン・ファクトリー」で言われる「家族」というのは、その「同化」に近い言葉の様に従わない者に対してはどんどんとクビを宣告される。

 もちろん、企業の理念に従えない者は会社側からするとやっかいな存在で、「じゃあやめてください」と言うのは当たり前だろうが、この映画におけるフーヤオの上層部の描き方はまさに悪の組織といった印象を受ける。例えば、頻繁にアメリカの工場を訪れる会長は終始ニコニコした穏やかな人物に見えるが、労働組合の話を持ち出そうとするなら、目つきが変わる。さらに、最初は「郷に入れば郷に従え」と言う会長だが、映画後半には休憩室のモニターにすら、中国を称賛する様な映像が流れているなど怖い部分もある。

 だが、この映画で言いたいことは中国企業の海外進出を「侵略」と揶揄するものでも、アメリカ人と中国人の働き方の違いを比較するものではなく、企業のトップの理想を従い続けるなら、結局は「機械」が一番理想的だという話だ。そこには人種の違いはなく、最後にはどちらも仕事を失うだろうということが示唆されて映画が終わる。

 これは日本でも無関係な話ではない。日本でも昨今「自己責任論」というのが度々話題になっているが、それはこの「アメリカン・ファクトリー」で描かれている内容にも近い。以前、ワタミグループの理念集に『24時間365日死ぬまで働け』という文言が記載されていたとの話があり、元ZOZOの田端信太郎氏もTwitterで『過労死は自己責任』という主張をして炎上した。この映画で中国人の労働者が『自分には月に1、2日しか休みがない』と言いながらも、文句を言わずに安全面を考慮されていない仕事に従事する場面がある。『24時間365日死ぬまで働け』というのは、つまりそういうことだ。最後には自分の身を犠牲にせざるを得なくなるが、会社自体に責任を取る気もさらさらなく、「家族」という言葉を使いながら、「機械化」や「自動化」を喜んで受け入れる。

 この映画は他人事ではないだろう。パラハラや過労死が横行して、「自己責任論」がまかり通る日本では特に。