メイヘム101

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『アマゾンの倉庫で絶望し、ウーバーの車で発狂した』を読んで、『わたしは、ダニエル・ブレイク』を見たら心底辛くなった。

 前から読みたかった『アマゾンの倉庫で絶望し、ウーバーの車で発狂した』を読んだ。

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 この本はイギリスのジャーナリスト、ジェームズ・ブラッドワース氏が最低賃金の仕事で働き、現在の労働者階級の生活とイギリスの問題を綴った職場潜入記録だ。仕事はアマゾンの倉庫、訪問介護、コールセンター、ウーバーのドライバー、の4つの仕事のことが書かれているが、ページをめくるごとに胃が痛くなってきた。特にアマゾンでの仕事が特段酷く感じる。昼食をまともに取る時間もなく、トイレに行く時間もほとんどないので、そこらへんに用を足したペットボトルが置いてあることもある、と本当に21世紀かと疑いたくなる。

 2008年のサブプライム問題による金融危機以来、イギリスでは『ゼロ時間契約』や『ギグ・エコノミー』と呼ばれる働き方が急速に増えている。日本で言うところの非正規雇用や人材派遣の働き方だ。企業側はあなた自身が個人経営者だと言い「自由な働き方」や「柔軟なスタイル」を強調するが、そんなものは詭弁で当たり前のように労働者は磨耗していき、使い捨てられる。

 こういう悲惨な状況を訴えると、日本でもそうだが、「生活を改めろ」とか「郊外に引っ越せ」という人間が出てくる。しかし、この本でも書かれているが、まず過酷な労働にはある種の『緩和剤』が必要になり、その結果、酒やジャンクフードを食べたり、ギャンブルに熱中したりする。これは非常に分かるというか、人によってはそれがアルコールになったり、タバコにもなったりするのだろうが、結局は誰に取っても何らかの『緩和剤』が必要になるのだ。そして、この本には仮に引っ越したところで、 郊外は郊外で仕事がないことが書かれている。日本でも貧困を訴えると『引っ越せ』論がまず出てくるが、人口が都心に集中している以上、郊外の仕事は少なくなる。それに最低賃金も違う。東京で約1000円、県によって低いところは800円を切っている。アマゾンでブルーレイを買ってもどこに住んでようが値段は同じなのに。それに加えて、郊外は都心ほど交通インフラが発達してないので、車が必要不可欠になることが多い。その車の税金や維持費を計算すると、どこに住んでようが必要最低限のお金はそんなに変わらない気がする。

 そして、最近は『自己責任論』と呼ばれるように、この状況に陥ったのはこいつ自身の責任であり、社会のせいにするのは間違いだという風潮があるが、この本を読むにイギリスの労働者がこういう状況に陥ったのは、サッチャー政権の民営化による労働者の失業、そして2008年の金融危機以降、増加した『ゼロ時間契約』と『ギグ・エコノミー』などの搾取的なシステムが大きいのは明らかだし、その結果が2016年のブレグジットに繋がってるのではないかと考えてしまう。

 

 この本を読んだすぐ後にNetflixである映画を見た。それは『わたしは、ダニエル・ブレイク』という映画だ。ケン・ローチが監督した映画で、まさに『アマゾンの倉庫で絶望し、ウーバーの車で発狂した』で書かれている内容と重なる映画だった。

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 主人公のダニエル・ブレイクは心臓を悪くして医者に働くことを止められているのにも関わらず、生活保護は貰えず役所は彼に仕事をするように言うが、心臓を悪くしているのに仕事が見つかるはずもなく、役所のせいであちこちたらい回しにされる。彼と知り合うシングルマザーのケイティもロンドンから郊外に越してきたものの、仕事は無く、食べ物や生理用品すらまともに買えない。そんな彼らを国や役所は助けもしない。

 こういった地獄のような状況を対岸の火事としては見られない。自分も鬱とヘルニアのせいで一年間殆ど動けなかった時期があったが、その時は税金や年金の支払いにかなり苦労した。今年にしても、新型コロナウィルスの影響で仕事が減ったり失業した人も多い。そういったコントロール不能な事態に対処できるのは「感謝・絆・敬意」でないことは明らかだ。もちろんその考え方自体は否定しない。だが、自己責任を押し付けた結果の貧困の前では、ほぼ無力であることは間違いない。